Eljudnir ~エルヴィドネル
徒然なるままに、日暮らし、PCに向かひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
つい今しがた、私は体が強張ったまま目が覚めた。睡眠時間3時間。ちょうど夢を見る時間。
何かから身を守るように手を胸の前で交差させ、それを引き剥がして動かすのに少しの時間を要した。布団からは出たものの、和室の扉を開くのが怖く、躊躇った。開くとそこに、化け物が座っているような気がしたからだ。
外から、強い雨音が聞こえてくる。ゴウゴウ、バタバタ。時折、隙間風でも入ってくるのか、私の目の前にある和室の扉もガタガタと揺れた。
と、こんな雰囲気の内容です。すでに脳ミソが夢作品にトリップしかけているので、文体がアレだ。ファンタジーホラー? なんというのだろ。
目が覚めて、もうこれを書き留めねばならぬ意思を感じたので書きます。ここまで「強い」夢を見たのは学生以来かも。見たまんまを映像作品に残したいが、それは出来ないので、私の拙い文章で書き残しておく。
そうすると陳腐になるのが、多少嫌なのだが。
何が私にこういう夢を見させるのか、分からなくもある。(ただの夢なのは分かっちゃいるが)
えぇっと別に私自身は暗くないです。バルに連続投稿を許してしまい口惜しくもあるが、忙しくもあり、ブログの優先度が下がっているのもアリまして(苦笑)。
あと書いているうちに4時間過ぎました。まだ終わってません。あふ。
『佐伯』
目の前にある、屋敷と呼べそうなほど大きな日本家屋には、そう表札が出ていた。家が大きいのは当然だろう、彼女はお寺の娘だったから。
(先輩、佐伯って苗字だったんだ)
高校時代、私は彼女のことをずっと「葉月先輩」と呼んでいた。葉月…下の名前はよく覚えていないが、とにかくそれは苗字だった。別に彼女の戸籍上の苗字が変わったわけではなく、葉月というのはペンネームである。私の部活では、部員同士ペンネームで呼ぶ習慣があった。
漫画を描くその部活で、葉月先輩の画力と表現力は、郡を抜いていた。
先輩は私の学年2コ上で、私が入部したときはそろそろ受験を控えた身だった。他の部員同様、先輩も部にはたまに顔を出す程度で、親しく話した記憶はない。しかし、高校時代というと葉月先輩のことを思い出すほど、私の思い出には鮮烈に彼女と、彼女の描いた絵が焼き付いていた。
高校を出て、漫画を描かなくなった。他の部員も同様で、たまに会う「友達」ではあっても、自分達で描いた漫画を批評しあう「同志」ではなくなっていた。そんな中、葉月先輩だけは漫画家になったと聞いた。同じ部活だった友達と、あの画力ならやっぱりだよね、と噂しあった。
短大を出て働き始め、そのうち高校時代のことも葉月先輩のことも思い出さなくなっていた。会社の同僚よりは多く漫画を読むOL。それが今の私だ。そんな、自宅と会社を往復する毎日の中、不意に私の目に飛び込んできたのが…葉月先輩の、変わり果てた絵だった。
表札の下にあった呼び鈴を押すと、まもなく門が開いた。セミロングのストレートヘアで上の方だけ後ろに回し軽く束ねている、二十歳前かと思われる女性がそこにいた。その髪型と伏し目の横顔が、部室で絵を描く葉月先輩にそっくりで、私は一瞬葉月先輩本人かと思った。高校のときに一回だけ見た、葉月先輩の絵を描く姿。何もない白い紙にファンタジー生物の生まれていく様を横で見ることが出来たのは、今思い返しても至福の時だった。横に突っ立ったまま見惚れるように見続け、葉月先輩に「面白い?」と声をかけさせてしまったのは恥ずかしい思い出である。よく考えれば、さぞ描きにくかったであろうに。
とにかく、その女性がすぐ顔を上げて私と目が合うと、別人であることが分かった。そもそも明らかに私より年下に見えるのに、先輩ではなかろう。
「はづ…えぇと、佐伯先輩、の後輩で、私」
呼び鈴を押しておきながら、思い返してみれば何故自分がここにいるのか、説明出来ないことに気付いた。反射的に高校時代のペンネームを口に出しかけ、慌てて押しとどめたものの、「佐伯」先輩ではこの家の全住人を指していることになる。誰のことだか分からない。
私は軽くパニックになり、顔が紅潮するのを感じた。先輩の下の名前、なんだっけ? 葉月…じゃないそれはペンネームだ、そもそも佐伯という苗字を知ったのも今日なのだから、下の名前まで知るはずがない。
女性は軽く首を傾げている。
確か葉月先輩と仲の良い先輩が、よくペンネームじゃない呼び方で呼んでいたっけ。
「リンコ…先輩の」
「あぁ、お姉ちゃんの。遠いところをわざわざありがとうございました、どうぞお入りになって下さい」
凛子と書くのだろうか、それは合っていたようだ。そして妹だという女性は、それ以上の理由を聞くことなく、私をすんなりと中へ入れてくれた。
佐伯凛子。
頭の中で文字を思い浮かべると、なんとなくしっくりとした。部室で目を伏せて絵を描く先輩、その触れがたき神々しさ、果敢無さを表している…気がする。
門をくぐって飛び石を踏み、妹さんが母屋の引き戸をスラリと開けた。三和土にはたくさんの靴が脱いである。
「散らかっててすみません、今日はうちの法事なものでして」
手馴れた様子で妹さんが、靴を揃えながら脇に寄せ、一人分の道筋を作ってくれた。お寺なのだから、法事くらい頻繁にあるのだろう。私は言われるまま妹さんに連れ立たれ、つるつると家へ上がる。回り廊下を歩きながら、そのときになってようやく、私は緊張を覚えた。
そう、よく考えたら、親しかったわけでもない後輩が突然訪ねてきて、先輩はなんと思うだろう。私の記憶の中の葉月先輩があまりに人間離れしており、実家にまで訪ねておきながら、私は事ここに至るまで本当に本人に会えるとは思っていなかったのだ。
(え、え? どうしよう!?)
足は廊下を一歩一歩進むことを止めないのに、私はうろたえて息苦しくなってきた。そもそもまず、どうして私はここにいるのか。
奥の一室に案内され、座布団を勧められる。「少々お待ち下さい」と妹さんが退室してからも、私は混乱した頭の中を整理するのに懸命だった。
そう、あれは何かの書評だったか。雑誌か新聞の隅の一角だったと思う。一目見ただけで忘れられない、衝撃的な絵がそこにあった。何かの漫画の表紙だった。仔子倫子という、知らない漫画家の名前があった。ココ ノリコ? 読み方は分からない。
漫画家が誰なのかは分からないけれど、その絵を描いたのは葉月先輩だと言う確信が、見た瞬間に閃いた。
羽化する少女。茶色いカサカサとした質感の繭の背を割って、少女が羽化しようとしている。青白く透けた肌、薄く開きかけている瞼。繭の糸がまだ肩や顔に引っかかり、糸をひいているように見える。少女の背には、蜻蛉の薄羽が、たどたどしく開こうとしている。
白く儚い少女と対比するように、繭とその背景は黒く禍々しい。少女には弱く輝く力を感じるが、その周囲には澱んだ強い力を感じる。何かが少女を飲み込もうとしている。少女は羽化しているのではなく、逃げ出そうとしているのか。
その絵は、確かに葉月先輩が描いたものに違いなかった。根拠はない。ペンネームも違う。ただ、直感でそう感じた。絵の作風というか、絵柄が、ペンのタッチが一緒だった。
絵柄は一緒であるものの、しかしその禍々しさは、葉月先輩にはなかったものだった。葉月先輩はファンタジーを得意とした、綺麗な、線の細い絵を描く人だった。
最初は合作かと思った。中央の羽化する少女は、間違いなく葉月先輩の描いたものだ。しかし、繭を含めたその背景は、とても当時の先輩が描ける類のものではない。
しかし作者は一人しか載っていなかったし、誰の絵も進化退化を併せて変わる。フワフワした作調だけではなく、力強いリアリズムのある絵も描けるようになったと思えば、それは葉月先輩の進化なのではないか。
そう自分を納得させようとしたものの、先輩に何かがあったのではないかという胸騒ぎと違和感は拭えなかった。押入れを引っ掻き回し、高校当時の部員名簿を探し当てた。そこには当然、先輩の実家の住所しか載っていなかった。私が高校卒業からもう6年、先輩だったら8年経っている。漫画家になった先輩がまだ実家にいるとは思えなかったが、私が現在の彼女の様子を知るのには、それしか手がかりがなかったのだ。
私がほとんど恍惚と、羽化する少女の絵のことを思い描いている間に、廊下の障子が開いていた。そこには門を開けたときと同じく、妹さんだけが立っている。
その左手には一冊の、漫画と思しき本が抱えられていた。
「これでしょう?」
私の思考を読んだかのように妹さんが言い、漫画を座卓に置いて私の目の前まで滑らせる。羽化する少女が、そこにいた。
その絵を間近で見、私は息を飲んだ。
細部が、驚くほど細かい。少女を囲む悪魔、魔獣。元の絵はどのくらいのサイズだったのだろうか。漫画自体はB6版の、いわゆる漫画単行本の大判サイズだ。
震える手を伸ばしかけてから、私ははっと止めた。
「あの、触っても?」
「勿論どうぞ。と、いいますか、それはお持ちになってください」
妹さんがちょっと困ったように笑う。「はぁじゃあ遠慮なく、」と気の抜けた返事をしてから、私は頓狂な声を上げた。
「はぁ!? いいんですか!」
どうぞ?と妹さんが、今度は声を立てて笑いながら答えた。そして口元は笑ったまま、目を瞬間、見開き。
「ただしその漫画は玄関から持ち出さないで、横から誰かに譲って持っていってくださいね」
意味の判然としないことを、サラリと言った。
玄関から持ち出さないで? 裏口から出ろということか。横から譲って? …意味が分からない。
「その時になれば分かります」
…この女性はサトリなんじゃないかと、私は思う。
おもむろに席を立つ妹さんに、私は反射的に倣って腰を浮かした。慌てて、目の前に置いてある「羽化する少女」に手を伸ばす。
持ってみると、それは一般的な横綴じではなく、上部で綴じてあった。ポストカード帳などがこんな感じであろう。加えて大分読み込まれているようで、綴じが壊れかけている。ページが欠落しそうになっており、ところどころに茶色いシミのようなものが見えた。
そして「羽化する少女」は、表紙ではなく裏表紙であることに初めて気付いた。そういえば少女の絵には、漫画のタイトルが書いてない。
手に取って裏返してみる。
そこには赤々とした筆文字で「異夜草子 仔子倫子」とあった。小さく仮名が「ことよぞうし しいねりんこ」と振ってある。
タイトルを上下正しく置き、裏表紙を開いて表紙と続けると。
羽の生えた少女は、闇夜に向かって、正に落下しようとしていた。
<続く>
何かから身を守るように手を胸の前で交差させ、それを引き剥がして動かすのに少しの時間を要した。布団からは出たものの、和室の扉を開くのが怖く、躊躇った。開くとそこに、化け物が座っているような気がしたからだ。
外から、強い雨音が聞こえてくる。ゴウゴウ、バタバタ。時折、隙間風でも入ってくるのか、私の目の前にある和室の扉もガタガタと揺れた。
と、こんな雰囲気の内容です。すでに脳ミソが夢作品にトリップしかけているので、文体がアレだ。ファンタジーホラー? なんというのだろ。
目が覚めて、もうこれを書き留めねばならぬ意思を感じたので書きます。ここまで「強い」夢を見たのは学生以来かも。見たまんまを映像作品に残したいが、それは出来ないので、私の拙い文章で書き残しておく。
そうすると陳腐になるのが、多少嫌なのだが。
何が私にこういう夢を見させるのか、分からなくもある。(ただの夢なのは分かっちゃいるが)
えぇっと別に私自身は暗くないです。バルに連続投稿を許してしまい口惜しくもあるが、忙しくもあり、ブログの優先度が下がっているのもアリまして(苦笑)。
あと書いているうちに4時間過ぎました。まだ終わってません。あふ。
目の前にある、屋敷と呼べそうなほど大きな日本家屋には、そう表札が出ていた。家が大きいのは当然だろう、彼女はお寺の娘だったから。
(先輩、佐伯って苗字だったんだ)
高校時代、私は彼女のことをずっと「葉月先輩」と呼んでいた。葉月…下の名前はよく覚えていないが、とにかくそれは苗字だった。別に彼女の戸籍上の苗字が変わったわけではなく、葉月というのはペンネームである。私の部活では、部員同士ペンネームで呼ぶ習慣があった。
漫画を描くその部活で、葉月先輩の画力と表現力は、郡を抜いていた。
先輩は私の学年2コ上で、私が入部したときはそろそろ受験を控えた身だった。他の部員同様、先輩も部にはたまに顔を出す程度で、親しく話した記憶はない。しかし、高校時代というと葉月先輩のことを思い出すほど、私の思い出には鮮烈に彼女と、彼女の描いた絵が焼き付いていた。
高校を出て、漫画を描かなくなった。他の部員も同様で、たまに会う「友達」ではあっても、自分達で描いた漫画を批評しあう「同志」ではなくなっていた。そんな中、葉月先輩だけは漫画家になったと聞いた。同じ部活だった友達と、あの画力ならやっぱりだよね、と噂しあった。
短大を出て働き始め、そのうち高校時代のことも葉月先輩のことも思い出さなくなっていた。会社の同僚よりは多く漫画を読むOL。それが今の私だ。そんな、自宅と会社を往復する毎日の中、不意に私の目に飛び込んできたのが…葉月先輩の、変わり果てた絵だった。
表札の下にあった呼び鈴を押すと、まもなく門が開いた。セミロングのストレートヘアで上の方だけ後ろに回し軽く束ねている、二十歳前かと思われる女性がそこにいた。その髪型と伏し目の横顔が、部室で絵を描く葉月先輩にそっくりで、私は一瞬葉月先輩本人かと思った。高校のときに一回だけ見た、葉月先輩の絵を描く姿。何もない白い紙にファンタジー生物の生まれていく様を横で見ることが出来たのは、今思い返しても至福の時だった。横に突っ立ったまま見惚れるように見続け、葉月先輩に「面白い?」と声をかけさせてしまったのは恥ずかしい思い出である。よく考えれば、さぞ描きにくかったであろうに。
とにかく、その女性がすぐ顔を上げて私と目が合うと、別人であることが分かった。そもそも明らかに私より年下に見えるのに、先輩ではなかろう。
「はづ…えぇと、佐伯先輩、の後輩で、私」
呼び鈴を押しておきながら、思い返してみれば何故自分がここにいるのか、説明出来ないことに気付いた。反射的に高校時代のペンネームを口に出しかけ、慌てて押しとどめたものの、「佐伯」先輩ではこの家の全住人を指していることになる。誰のことだか分からない。
私は軽くパニックになり、顔が紅潮するのを感じた。先輩の下の名前、なんだっけ? 葉月…じゃないそれはペンネームだ、そもそも佐伯という苗字を知ったのも今日なのだから、下の名前まで知るはずがない。
女性は軽く首を傾げている。
確か葉月先輩と仲の良い先輩が、よくペンネームじゃない呼び方で呼んでいたっけ。
「リンコ…先輩の」
「あぁ、お姉ちゃんの。遠いところをわざわざありがとうございました、どうぞお入りになって下さい」
凛子と書くのだろうか、それは合っていたようだ。そして妹だという女性は、それ以上の理由を聞くことなく、私をすんなりと中へ入れてくれた。
佐伯凛子。
頭の中で文字を思い浮かべると、なんとなくしっくりとした。部室で目を伏せて絵を描く先輩、その触れがたき神々しさ、果敢無さを表している…気がする。
門をくぐって飛び石を踏み、妹さんが母屋の引き戸をスラリと開けた。三和土にはたくさんの靴が脱いである。
「散らかっててすみません、今日はうちの法事なものでして」
手馴れた様子で妹さんが、靴を揃えながら脇に寄せ、一人分の道筋を作ってくれた。お寺なのだから、法事くらい頻繁にあるのだろう。私は言われるまま妹さんに連れ立たれ、つるつると家へ上がる。回り廊下を歩きながら、そのときになってようやく、私は緊張を覚えた。
そう、よく考えたら、親しかったわけでもない後輩が突然訪ねてきて、先輩はなんと思うだろう。私の記憶の中の葉月先輩があまりに人間離れしており、実家にまで訪ねておきながら、私は事ここに至るまで本当に本人に会えるとは思っていなかったのだ。
(え、え? どうしよう!?)
足は廊下を一歩一歩進むことを止めないのに、私はうろたえて息苦しくなってきた。そもそもまず、どうして私はここにいるのか。
奥の一室に案内され、座布団を勧められる。「少々お待ち下さい」と妹さんが退室してからも、私は混乱した頭の中を整理するのに懸命だった。
そう、あれは何かの書評だったか。雑誌か新聞の隅の一角だったと思う。一目見ただけで忘れられない、衝撃的な絵がそこにあった。何かの漫画の表紙だった。仔子倫子という、知らない漫画家の名前があった。ココ ノリコ? 読み方は分からない。
漫画家が誰なのかは分からないけれど、その絵を描いたのは葉月先輩だと言う確信が、見た瞬間に閃いた。
羽化する少女。茶色いカサカサとした質感の繭の背を割って、少女が羽化しようとしている。青白く透けた肌、薄く開きかけている瞼。繭の糸がまだ肩や顔に引っかかり、糸をひいているように見える。少女の背には、蜻蛉の薄羽が、たどたどしく開こうとしている。
白く儚い少女と対比するように、繭とその背景は黒く禍々しい。少女には弱く輝く力を感じるが、その周囲には澱んだ強い力を感じる。何かが少女を飲み込もうとしている。少女は羽化しているのではなく、逃げ出そうとしているのか。
その絵は、確かに葉月先輩が描いたものに違いなかった。根拠はない。ペンネームも違う。ただ、直感でそう感じた。絵の作風というか、絵柄が、ペンのタッチが一緒だった。
絵柄は一緒であるものの、しかしその禍々しさは、葉月先輩にはなかったものだった。葉月先輩はファンタジーを得意とした、綺麗な、線の細い絵を描く人だった。
最初は合作かと思った。中央の羽化する少女は、間違いなく葉月先輩の描いたものだ。しかし、繭を含めたその背景は、とても当時の先輩が描ける類のものではない。
しかし作者は一人しか載っていなかったし、誰の絵も進化退化を併せて変わる。フワフワした作調だけではなく、力強いリアリズムのある絵も描けるようになったと思えば、それは葉月先輩の進化なのではないか。
そう自分を納得させようとしたものの、先輩に何かがあったのではないかという胸騒ぎと違和感は拭えなかった。押入れを引っ掻き回し、高校当時の部員名簿を探し当てた。そこには当然、先輩の実家の住所しか載っていなかった。私が高校卒業からもう6年、先輩だったら8年経っている。漫画家になった先輩がまだ実家にいるとは思えなかったが、私が現在の彼女の様子を知るのには、それしか手がかりがなかったのだ。
私がほとんど恍惚と、羽化する少女の絵のことを思い描いている間に、廊下の障子が開いていた。そこには門を開けたときと同じく、妹さんだけが立っている。
その左手には一冊の、漫画と思しき本が抱えられていた。
「これでしょう?」
私の思考を読んだかのように妹さんが言い、漫画を座卓に置いて私の目の前まで滑らせる。羽化する少女が、そこにいた。
その絵を間近で見、私は息を飲んだ。
細部が、驚くほど細かい。少女を囲む悪魔、魔獣。元の絵はどのくらいのサイズだったのだろうか。漫画自体はB6版の、いわゆる漫画単行本の大判サイズだ。
震える手を伸ばしかけてから、私ははっと止めた。
「あの、触っても?」
「勿論どうぞ。と、いいますか、それはお持ちになってください」
妹さんがちょっと困ったように笑う。「はぁじゃあ遠慮なく、」と気の抜けた返事をしてから、私は頓狂な声を上げた。
「はぁ!? いいんですか!」
どうぞ?と妹さんが、今度は声を立てて笑いながら答えた。そして口元は笑ったまま、目を瞬間、見開き。
「ただしその漫画は玄関から持ち出さないで、横から誰かに譲って持っていってくださいね」
意味の判然としないことを、サラリと言った。
玄関から持ち出さないで? 裏口から出ろということか。横から譲って? …意味が分からない。
「その時になれば分かります」
…この女性はサトリなんじゃないかと、私は思う。
おもむろに席を立つ妹さんに、私は反射的に倣って腰を浮かした。慌てて、目の前に置いてある「羽化する少女」に手を伸ばす。
持ってみると、それは一般的な横綴じではなく、上部で綴じてあった。ポストカード帳などがこんな感じであろう。加えて大分読み込まれているようで、綴じが壊れかけている。ページが欠落しそうになっており、ところどころに茶色いシミのようなものが見えた。
そして「羽化する少女」は、表紙ではなく裏表紙であることに初めて気付いた。そういえば少女の絵には、漫画のタイトルが書いてない。
手に取って裏返してみる。
そこには赤々とした筆文字で「異夜草子 仔子倫子」とあった。小さく仮名が「ことよぞうし しいねりんこ」と振ってある。
タイトルを上下正しく置き、裏表紙を開いて表紙と続けると。
羽の生えた少女は、闇夜に向かって、正に落下しようとしていた。
<続く>
PR
もくじ
[異夜草子・前編]
[異夜草子・前編]
↑ | 近況ダイジェスト 2008/04/03 | ↑ |
(2025/05/06) | ||
妄想 (2008/03/21) | ||
↓ | 自己不啓発 | ↓ |
カレンダー
04 | 2025/05 | 06 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | ||||
4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
カテゴリー
タグ
クリックすると、関連記事の一覧が表示されます。
雑考
自分語り
夢
育児雑感
お母さん
生態
育児アイテム
ブログ機能
CSS
ブログデザイン
PCトラブル
ハードウェア
お気に入り
紹介
雑事
植物
家
鑑賞
育児書
漫画
小説
リプレイ
CD
コンサート
カラオケ
その他→全タグ一覧
ブログ内検索