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Eljudnir ~エルヴィドネル

徒然なるままに、日暮らし、PCに向かひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
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 前編中編の続きです。

 転送班に連絡を取ると、異世界ホールは本部のロビーに開いたらしい。いつも思うが、場所をどこかに固定できないものなのだろうか。意図的に開けようとはしているけれど、たまたま波長の合ったところを使っているから制御できないのだそうだ。なんとなく情けない。
 ロビーには、すでに転送班が数名と爆破物処理班が数名集まっていた。人の輪の中ほどに、すでに蜃気楼のような歪みが出来つつある。
「お待たせ」
 私が青年を連れて到着すると、転送班が手元の装置をいじった。私はなんとなく辺りを見回す。長官は来ていない。
 蜃気楼の歪みが強くなったかと思うと、炒め過ぎたウィンナーがはじけるように空間が裂けた。故意に空間に穴を開けるとこういう現象になる。研究を重ね、影響の少ない方法を編み出した結果らしい。
 中空に浮かぶレモンの形に似たその異物に、私は近付いた。穴はさほど大きくない、今は長径が20cmくらいである。中をのぞくと1mほどの乳白色のトンネルの向こうに、やはり同じレモンの形に切れた異世界が見えた。しかしその異世界は、薄茶色の布のようなものでふさがれている。
「ん?」
 穴から顔を離し、転送班の方を振り向くと彼らも首を傾げてきた。
「どうかした?」
「いや、何かふさがってるよ?」
 私は右手を突っ込む。肩まで入れて思いっきり腕を伸ばすが、なかなか先に届かない。ややすると、逆にあちら側からせり出してきた。
 指の先にあたった感触は、テントやシートに使われる分厚くてごわごわした布地のそれだった。
「うわっ、ぎゃあ!」
 指に当たったと感じるが早いか、そのテントは異世界ホールから吹き出してきた。穴をふさいでいた形の私は、当然吹き飛ばされて床に転がる。痛てて、と肩の辺りを押さえながら半身を起こすと、目の前に人が乗れるくらいのゴンドラが浮いていた。カゴによく使われる、乾燥した蔦のような素材で出来ている。
 私は唖然として、そのゴンドラを見上げた。
 ちなみに、異世界ホールのサイズは可変で、通常時は小さいが物が通るときだけ勝手に広がってくれるそうだ。というか単に押し広げられているのだろう。
「うひょーーーー」
 意味不明な雄叫びが頭上から降ってきた。最初はゴンドラが近過ぎて分からなかったが、次第にそれがフワフワと移動していくと私からも全体が見えるようになってきた。ゴンドラの上には布製の袋がついており、それが膨らんでいる。袋の下、ゴンドラの中には大きなアルコールランプのようなものが収まっていた。どうやら熱気球のようだ。私の指に当たったのはこの気球であろう。
 そしてゴンドラには、薄汚い白衣を着た白髪交じりの老人が一人、手をバタバタさせていた。
「どーしたんじゃワシは!」
 熱気球は呆然とする私たち異世界管理局の面々の前をゆっくりと過ぎ、広いロビーを抜けて正面の自動ドアをくぐり外へと泳ぎ出した。余りに唐突な出来事に、一堂はただそれを見守る。
 最初に動いたのは青年だった。
「時空設定、確認してください! あの人を元の時代に戻さないと。僕つかまえてきます!」
 転送班に向かって叫びながら、自分は熱気球を追って飛び出す。夢から覚めたように、装置の前にいた局員が手元の文字盤を操作しだした。
 そして私は、青年の背中を一瞬見送ったあと。気球を追って駆け出していた。


 気球は本部施設を出たあと、道沿いにゆっくり都心部の方へ向かっていた。あまり高くは飛べないようでゴンドラは地上3~4mの高度であったが、それでも高さを保ちながら落ちることはなく進んでいる。
「どこじゃここはぁ!?」
 リノリウムのようなタイルで舗装された道、おかしなバランスの建物、わずかに浮いて走行する自動車などが物珍しいのか、気球に乗った博士風の老人はキョロキョロしながらはしゃいでいる。私は直感的に、飛行機が発明される前の時代、過去から来た人なのだと悟った。
 私の少し前を、青年が走っている。
「おじいさん! あなたは帰らなきゃいけないんですよ。降りてください!」
 青年が叫ぶが博士はまったく意に介さない。…というか、聞こえていない。青年は何かライトな悪態を付きつつ、ゴンドラに飛びついた。ひ弱そうな見た目の割りに、意外とたくましい。
 ゴンドラがぐらりと大きく揺れる。中で博士がうひょひょひょひょと喜ぶ。
 そしてカゴの編目を手がかりにロッククライミングの要領で、青年はあっという間にゴンドラ内に押し入った。


 気球の博士はすぐさま、元の異世界ホールへねじ込まれた。今、私の目の前には、今度こそ青年の世界につながる異世界ホールがある。
 博士を取り押さえてからの帰る道々、青年が「先ほどの続きですけど」と話し出した。私ももう止めない。
「父は数年前の爆破事故のときの、的確な対処を買われて」
 青年の真意は読めない。だから私は、どこかの異世界の話だと思って聞く。
「今では局長になってます。班に残ったおねえさんは、だからもう直属の部下ではありません」
 私は相槌も何も打たないのに、青年は必要なことであるかのようにただ話した。
「変わりに僕が、おねえさんの部下になっちゃいましたけど」
 異世界とは、こことは異なる世界。ただ、時間軸が同じである保証もないのだとしたら。それは異時空ではないか。
 異世界ホールに青年が手をかけた。何かを言いたくて、とにかく口を開く。
「こっちが世話になっちゃったわね」
「いえ、仕事ですから」
 屈託なく青年が笑う。と、ホールの向こうから女性の声が聞こえてきた。
「まったく何やってんの! 随分時間かかったじゃない!」
 青年のすぐ後ろに立つ私からは、ホールの中がうかがえる。反射的に声の方へ目を向けると、ホールの向こうからこちらを覗いている女性と目が合った。
 はて。どこかで会ったような。
「あああすいません、今帰りますから今っ」
 青年が慌てて返す。そして、私の更に後ろに並ぶ局員に「お世話になりました!」と頭を下げると、ぐにっとホールの中へ上半身から突っ込んだ。
「メ…」
 次の声をかける間もなく、中空のその異物は呆気ないくらい簡単に青年を飲み込み、きれいにかき消えた。
 一瞬、すべての音が止んでから、ゆっくりと喧騒が戻ってくる。
 ふと気付くと、私のすぐ後ろに長官が立っていた。
「長官…知ってました?」
 何を指しているのか、私は敢えて言わない。
 そして長官も、笑って答えない。
 私たちの周りでは、転送班が機器の後片付けをしている。
「なんだか、色んなことを局に隠されている気がしてきたんですが」
 長官は、意味深に笑ってから背を向けた。
「君が僕のポストに着いたら、分かるよ」
「そんなのいつになるか分からないじゃないですか」
「まぁそれはいいからさ」
 振り向いた長官は、何故か情けない顔になっていた。
「とりあえず、ウチに食事作りに来てよ。うちのが作った飯見てたら、メテオが栄養失調にならないか不安になってきた」
「長官、ちょっと過保護じゃありませんか?」
「そ、そうかな?」
「奥さんがかわいそうですよ。何にもさせてもらえないで」
「でも、あれに任せる気になるか? ご飯にプリン乗せて、プリン丼とか出すんだぞ?」
「…それはあんまり」


 雑用も沢山させられる、何でも屋さんなこの仕事だけど。私は今の仕事に誇りを持っている。持ってなくても楽しいし、やりがいあるし、止められない。
 私は、異時空爆破物処理班!

<終わり>
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もくじ
[異世界爆破物処理班・後編]
やる鬼
  (2024/05/18)
妄想  (2007/04/04)
ニンテンドッグス 129日目
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